À la recherche du temps perdu —線の先に見えるもの
- Hamanaka Akiko

- 7月9日
- 読了時間: 2分

学生時代はデッサンや写生に明け暮れていた。石膏の胸像、ヌードデッサン、屋外での写生。さまざまなものに目を凝らし、うつしとっていた。毎日夢中で鉛筆やペンを走らせていた。

ある日ムフタール街に写生に出かけた。それぞれ思い思いの場所を見つけ座れるところを確保し、carton(画板)を抱える。一階がカフェになっている建物を描いていたわたしは、細部を確認したくて建物の前に歩み寄った。車が停まっていて、目の前のボンネットはちょうどよい高さの机になった。
ボンネットの上にcartonを置きペンを握るわたしに、目の前でくつろぐMadameが声をかけようとした。おそらく車の持ち主だったのだろう。ところが、隣に座るMonsieurがそれを手で遮り私に向かってにっこり微笑んだ。
フランスでは、学生や若者、あるいは職を求める人々に対しても、多くの美術館の拝観料が無料や格安で開放されている。美しいものに触れたいとき、いつでも誰でも気軽に美に浸れるように認められているのだ。美しいものに触れることに特別な権利はいらない。誰でも平等にVenusの恩恵を受けることができる。その意識が植え付けられたものではなく、生まれながらにして体内に宿っている人々が、フランスにはとても多いのかもしれない。
シンプルな黒い線だけで光と影をつくり、感情さえも揺さぶるデッサンを思い出しながらコートを作るのは、至極のよろこびである。

You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai.
On ne porte pas forcément un kimono. Mais on peut porter l'art du Wasai.
— PASSIONEER


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