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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu/なぜ世界のデザイナーは縮緬を使わないのか
強撚糸で織られた一越縮緬のシボ。着物の動きとともに美しいドレープを生む。 世界のファッションデザイナーはシルククレープをよく使う。しかし日本の縮緬はほとんど使われない。なぜだろうか。 その理由は単純だ。 縮緬は着物という構造のために設計された布だからである。 まず知ってほしいのは、着物の生地である反物の幅だ。反物の幅は約38cm。この幅がまず世界基準を満たさない大きな理由である。 生地の幅が38cmしかないとなると、洋服のような立体裁断やバイアス利用を考えるとそもそも難しい。これがまず着物の生地が洋服に使われない大きな理由のひとつだ。 現代の着物でよく問題になるのが裄の長さである。昨今は日本人も体格が大きくなり、若い世代は腕も長い。そうすると、反物の幅が38cmしかない場合、同じ地の目で袖を作ることが難しくなる。 西洋服 着物・縮緬 広幅生地(120〜150cm) 反物(約38cm) 立体裁断 直線裁ち 重力で生まれるドレープ 動きで生まれるドレープ 安定した織物構造 強撚糸によるシボ 洋服のように生地を横にして使えばいいのでは、と簡単に思われる

Hamanaka Akiko
3月19日読了時間: 3分


À la recherche du temps perdu / 有松鳴海絞りの浴衣と和裁文化|昭和初期の木綿と藍の記憶
祖母が日常着として着ていた有松鳴海絞りの浴衣。洗われながら時間を残している。 昭和初期、祖母が着ていた浴衣。明治初期以降、化学染料が広く普及し、本藍のように手間のかかる染めは急速に姿を消していった。この一枚も例外ではない。化学染料による濃紺。お出かけ着ではなく、常着。祖母は湯上がりに袖を通していた。 襟まわりには、今では考えられないほど厚い晒の汗取り。まさに生活の一部だった。 木綿の浴衣が庶民に広く行き渡ったのは江戸時代後期。木綿と藍は抜群に相性がよく、丈夫で洗えて、夏に適していた。絹は夢の衣服。庶民にとっては麻か木綿。その木綿に「絞り」という技術を加えることで、手間をかけたという誇りと、美しさと、機能性を同時に手に入れた。 なぜ浴衣になると絞りなのか。 代表格は有松鳴海の絞り。江戸時代、街道を行き交う旅人に豆絞りの手拭いを売ったことが始まりとされる。老舗の竹田嘉兵衛商店には、徳川家茂が、妻である和宮への土産として求めたという記録も残る。絞りという技法自体は、はるか古代、大和の時代から続く技術である。 絞りの浴衣を着ると、肌に凹凸を感じる。布と体

Hamanaka Akiko
2月19日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu 衣の構造について
衣服の構造は、見た目よりも先に、考え方を表す。 和裁とは、着物とは、仕立て直しを前提とした衣服である。 最初から「一度きり」を想定していない。その思想が、構造のすべてに組み込まれている。 ミシンで縫わない理由は、懐古でも、手仕事礼賛でもない。針目を残さないためである。絹針と手縫い針で入れられた縫い目は、解いて洗うと、不思議なほど跡を残さない。布は元の状態に近づき、繊維は静かに塞がる。 だからこそ、異なる身体、異なる時代に合わせて、再び仕立て直すことができる。同じ布が、別の寸法を受け入れる。その余地を最初から失っていない。 多くの衣服は、完成形を目標に設計される。最終的にどう見えるか、どう見せるかが先にあり、そのために布が切られる。一方で、和裁の構造は逆を向いている。布がまず存在し、その布が、何度関係を結び直せるかが考えられる。 直線で裁たれた布は、身体の曲線を固定しない。歩くとき、座るとき、年月を経たとき。布はその都度、別の位置に落ち着く。その柔軟さは、未完成さではなく、時間を受け入れるための構造である。 親の着物に手を入れるとき、向き合う

Hamanaka Akiko
1月23日読了時間: 2分
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