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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu — Combinaisonに長襦袢の生地を使う理由
長襦袢は下着に該当する。 洋装ならスーツの下でも、ワンピースの下でも。基本的に長襦袢だけで室内を歩き回ることはないと思う。 また、長襦袢に使用する生地に決まりはない。 母の襦袢をみると、縮緬、綸子、モスリン、麻、様々な素材で仕立てられているし、派手になった羽織を解いて仕立てられているものもある。 見えないところにこそ、ドキドキが隠れている。 下着なのだから何をきていようが構わない!という考え方もあるし、その一方で、見えないところにこそこだわりたい!というのも日本人の美意識として根強い。 紺や茶の地味な着物の下から緋縮緬の長襦袢が見えたらドキドキするかもしれない。 長襦袢に使用する生地は綸子が最も一般的である。その理由は肌触りに尽きる。 素肌にまとった瞬間に、てれんとろんとした絹独特の触感。繻子織りによるものだ。よく滑るので重ねて着る着物に最適。平織りではこうはいかない。 綸子が光るのも、この繻子織りの構造による。 糸の交差点(組織点)が少なく、糸が長く表面に浮く。平織りは縦糸と横糸が一本ごとに交互に上下するため、糸の表面のあちこちで光が乱反射し、

Hamanaka Akiko
6 日前読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 一生物とは
均一ではない糸が、かえって強さになる。 一生物とは。 思い切って買い物をするときにも、使われる言葉。 金額と品物の価値が釣り合っているかどうか、考える。その方程式が当てはまらない時がある。 時間の経過。思い出。歴史。 私が扱う紬。友禅とは異なる素朴な美しさ。 農閑期に売り物にならない屑繭を紡いで自分たちの衣服とした。素朴だが力強い、強い意志を持つ衣服。あまりに頑丈すぎて裏地を何度も取り換える羽目になる紬もある。 密度が高く、激しい農作業にも耐えうる織物。時間の経過がこれらの織物に価値を与える。自然物から産まれた織物は、時と共に人の手も加わり思い出となり、もはや価格とは異なる価値が生まれる。 柳宗悦は、これを「用の美」と呼んだ。使われることによって、初めて完成する美しさ。日常の道具が、使い込まれるほどに味わいを増していく。民藝の思想の核心にある考え方だ。 これは日本だけの感覚ではない。人類学者Igor Kopytoffは、これを「singularization(唯一無二化)」と呼んだ。祖母から受け継いだ銀食器、代々受け継がれる指輪。それらは、使われ

Hamanaka Akiko
9月17日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — なぜ今、Combinaisonなのか
素肌に纏うために、素肌の延長のように仕立てる。 美しい着物の下に着るのが、長襦袢と言われる下着。 これも絹100%手縫いが基本だ。 ところが昨今異常気象のため、日本の夏は暑くてたまらない。ただでさえ着物は全て身につけると夏は辛い。 ブラにノースリーブ、ミニスカート。このようなファッションには暑さ軽減ではかなわない。 よって、夏の長襦袢は麻であったり、省略したり。さまざまな知恵が絞られている。洗える絹、ポリエステル。科学は日々進化する。 中古市場には長襦袢が溢れている。特に白、薄いピンク。誰もが1枚は持っているような代物。 無難な1枚だが2枚目は欲しくない。この子たちの新たなご主人様を見つけたい。 ブラトップと一体化されたスリップが日本では現在主流となり、スリップだけではなかなか需要がない。素肌に絹を纏う習慣が薄れている。 素肌に纏うものだからこそ、違和感なくしっとりなじむ縫製で仕上げたい。はるか昔は手縫いが当たり前であったはず。 スーツの下の戦闘服に、リラックスタイムに。 天然繊維である絹で自分を包み、身体の芯から磨き内側から光り輝く。 新しい習

Hamanaka Akiko
9月10日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 直線の生地に、曲線を教える
直線の生地に、少しずつ曲線を教えていく。 着物は直線裁ちだ。生地幅は約38cm、これを使用する。 combinaisonを作るにあたり、どうしても直線裁ちだけでは不都合が生じる。ドレープの美しさを感じてもらうためには、Aラインが理想的だし、身体の線にもなじむ。 マリリン・モンローのドレスが翻る有名な映画のワンシーン。あれほどには踊らないものの、軽い柔らかな生地は動くたびに身体に吸い付いて色っぽい曲線をえがく。 絹は身体に纏い、動いてこそ美しさを増す究極の素材だ。 直線の生地に、少しずつ曲線を教えていく。 反物幅は変えられないために、非常に型紙を置きにくい。それに、地の目を通して型紙を置かないと光が当たったときに生地の輝き方が異なるのが一目瞭然だ。洋装に反物が使えないのは以上の理由からだ。 とはいえ、胸元の見返し部分は必須でありレースをつけずに生地の美しさのみを表現するには和裁独特のフキの技術は外せない。  レースに頼らず、フキだけで生地の美しさを語らせる。...

Hamanaka Akiko
9月3日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 何故、今Combinaisonなのか
誰も見向きもしない、でも絹100%。カイコが命をかけて紡いだ糸。 和裁には繰り回しという手法がある。和服は仕立て直し前提の衣服だ。散々着て傷んだ着物を解き、まだ使えるところだけをつなぎ合わせて新しい命を吹き込む。 身頃、襟、袖、全てがバラバラの生地で仕立てられている長襦袢が最も一般的である。 昔は縮緬の長襦袢もあったし、綸子ばかりではなかった。現在中古の市場をみると白やピンクの長襦袢が信じ難い安価で売られている。絹100%なのに。素肌に触れた時に感じる吸い付く柔らかさ、身体の動きを邪魔しない軽さ。なににも劣らない素晴らしい手触り。 カイコが命をかけて紡いだ糸。 それをなんとか現代の需要に応えられないかと考えた。 反物幅は38cm、この生地幅は洋服を作ろうとすると非常に不便。無理に型紙を取ろうとすると織り方の都合から光り方が変わり、製品になった時に美しくない。 しかしながら、長襦袢のままでは見向きもされない。赤、金彩、派手な吉兆柄、豪華な刺繍が施されていれば世界中のセレブが手を伸ばすのに。 私が救いたいのは見向きもされない子たち。なんとかしないと。

Hamanaka Akiko
8月27日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu ― 祖母の遺産
パリにいた時から交流が続いている友人たちとの会食に祖母の帷子(かたびら、裏地のない麻の単衣)を着ようとしたら、あらびっくり!お尻部分が破れてしまった。 居敷当ても付いていないほんとの常着だから、ごく簡単にお仕立てしてある。とうとう力尽きたのか。 解かれた帷子、絡み合う七十年分の縫い糸 帷子を片手に、しばし祖母に想いをよせる。 なぜなら。この帷子は、祖母が自分の娘が嫁ぐ時に持たせたものだから。嫁入り道具の一つ。祖母の手からなるお仕立てだ。それはそれは丁寧に仕立ててある。 今までしっかりみたことも無かったが、改めて祖母の手が非常に美しいことに感動する。三つ折りぐけは細く、運針も美しい。首周りには汗とりが縫い付けられている。よく見るとあちこち補修の跡が見える。 日にかざすと、千鳥が波に遊ぶ姿がくっきりと浮かぶ。 和服は仕立て直しが前提の服だ。それを自ら証明しよう。 洗われ、干される帷子の生地 私は七十年以上はとうに経っているであろう帷子を、仕立て直す決意をした。 You may never wear a kimono. But you can wear

Hamanaka Akiko
8月14日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu ― 黒の麻、波に千鳥
祖母が遺した波に千鳥。70年の時を経て、今は私が纏う。 母が嫁ぐ時に花嫁道具のひとつとして持たされたという、麻の着物。 普段着だ。ところどころにフシが見られることから、けっして高価なものではないことがうかがえる。 夏のひとときを新婚夫婦で過ごせるよう、男ものの上布と共に持たされたらしい。 袖の丸みはふんわりとして、あくまでも薄く、陽にかざすと青空が透けて見える。 千鳥が波に遊んでいる。 風が吹けば波しぶきがおこる。 私が歩けば千鳥が舞う。 着物は着て歩いて初めて息をする。 祖母が着ていたものかもしれない。 袖と身頃に継ぎがしてある。 ざっくばらんに。 祖母が自分で繕ったのだろう。 母はこの千鳥を長い間行李からださなかった。 というか、一度も袖を通さなかった。 父も、自分のために誂えられた上布の存在を知らずに過ごしたようだ。 現在、この麻の着物はわたしが可愛がっている。 波に千鳥は 世間の荒波を「一緒に乗り越えていく」という意味があり、 夫婦円満や家内安全の象徴とされている。 祖母は嫁ぐ娘に幸せになってほしいと 思いをのせて、波に千鳥をもたせたのだ

Hamanaka Akiko
8月7日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu ― 表と裏の融合。和裁がたどり着いたオートクチュール
祖母が遺したカシミアのコート。その内側に、新しい絹の物語が宿る。 洋装用の絹地。男性のジャケットの裏地とか? イタリア製の洒落た上着に使われそうな。 手のひらに載せると、てろんとした肌触り。 絹特有のものだ。 祖母のカシミアのコート裏地に使用してどういう見栄えか想像することはたやすい。 冒険なのは息子の羽織に使用すること。総裏にして大丈夫か? 12歳の子供に重くないのか? 仕立ててからやっぱり合わなかったでは悲しすぎる。 表は静かなブルーグレー、裏には賑やかな幾何学模様。表と裏、二つの物語。 そんな心配とは裏腹に息子の色無地羽織は大成功を収めた。 薄いブルーグレーのおとなしい色の裏側には ダイヤが連なり、キラキラと輝いていた。 時代が異なり、対象の素材も異なる。 にもかかわらず、この二つの素材は融合し引かれ合い、新しいステージへと旅立つ。 拒絶するのではなく、手を取り合い、庇いあい、何年もの間忘れられていた存在を 今改めて目の前に曝け出した。 絹は生きている。 息をしている。 お互いに話し合い、お互いの都合を考え支え合うのだろうか。...

Hamanaka Akiko
7月30日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu ― 絹糸がつなぐもの
祖母が残してくれたカシミアのコート。黒い毛織りの内側に、フランスの絹が新しい命を吹き込まれる。 フランスの友人が絹の生地をくれた。彼女のおばあさまが保存していたらしい。 幾何学模様の非常に滑らかなしっとりとした、流れる光沢。ああ、絹の輝きと肌触りがしっかりと感じられる。 日本製の絹糸で、リヨンで織られたと信じてる。根拠はゼロ。 「おばあちゃんが持ってたの、でもいつの頃のものかはわからない。私より、晶子の方が上手に使えると思って」 友人はそう言って私にこの生地を譲ってくれた。 決して軽くはない、かといってずっしりとしているわけではない。絹特有の生きている証、息遣いが感じられる。絹は生きているのだ。毛糸と同じく動物性の糸。空気を吸って生きている。 洋装地として作られていることはわかる。着物の羽裏地や羽二重とは全く異なる重量。とはいえ、何十年も黙って出番を待ち続けていた役者をこのまま引退させるわけにはいかない。 私の祖母が残してくれたカシミアのコート。敬意を払って最高のパートナーを見つけた。真っ黒な顔の裏には、キラキラと輝くダイヤ。...

Hamanaka Akiko
7月24日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu ― モンテ・クリスト伯
マルセイユの海と空の境界線、そして袖に宿るChâteau d'If。自ら描いた地中海のデッサンが、友禅職人の手によって世界に一枚のオートクチュールとして生まれた青い訪問着 フランスにいたころはデッサンばかりしていた。毎日ものすごく。今から思えばそんなことは当たり前で。キュビスムを先導したピカソ、「泣く女」を見てるといたずら画に見えるかもしれない。でも、彼のデッサンは息をのむ、圧倒される。基礎がある。 マルセイユにいったとき。地中海を初めてみた。なんと美しく見えたことか。パリには海がないからマルセイユで空と海の境界線が消えた時、ただただ港に座って時を忘れていた。 遠くにChateau d’if が見えた。港の前にはちょうどカフェがあって、テラスに陣取って海を描いていた。周りの人たちが声をかけてくる。 「どこからきたの?」 「何を描いてるの?みせて」 エスプレッソ1杯でテラス席に居座るほど度胸はなくて、 「なにか甘いものある?」 「Tarte au citron. 最高におススメ、夏にぴったり」 パリに住んでいたのにこのTarte au...

Hamanaka Akiko
7月16日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu —線の先に見えるもの
フランスの伝統的な大判画用紙「Raisin(レザン)」に刻まれた、若き日の線の集積。サン・シュルピス教会 学生時代はデッサンや写生に明け暮れていた。石膏の胸像、ヌードデッサン、屋外での写生。さまざまなものに目を凝らし、うつしとっていた。毎日夢中で鉛筆やペンを走らせていた。 フランスの伝統的な大判画用紙「Raisin(レザン)」に刻まれた、若き日の線の集積。右側中段が、あのムフタール通りのデッサン。 ある日ムフタール街に写生に出かけた。それぞれ思い思いの場所を見つけ座れるところを確保し、carton(画板)を抱える。一階がカフェになっている建物を描いていたわたしは、細部を確認したくて建物の前に歩み寄った。車が停まっていて、目の前のボンネットはちょうどよい高さの机になった。 ボンネットの上にcartonを置きペンを握るわたしに、目の前でくつろぐMadameが声をかけようとした。おそらく車の持ち主だったのだろう。ところが、隣に座るMonsieurがそれを手で遮り私に向かってにっこり微笑んだ。 フランスでは、学生や若者、あるいは職を求める人々に対しても、

Hamanaka Akiko
7月9日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu —2枚のスカーフと衣服の記憶
フランスの友人がくれたエルメスのスカーフは2枚。1枚は私が立ち上げたブランドのお祝いにと蛍の思い出と共に贈ってくれた。もう一枚は数年前、旦那様のおばさまが愛用していらしたという一枚。こちらは、絵柄が正統派でこれこそフランスというような貴族が騎乗している柄。どちらも私にはかけがえのない宝物。日本の養蚕業が歴史的にフランスと深く関わり合いを持っていることなどを考えると、これら2枚のエルメスも、より感慨深いものになる。友人が私のために選んでくれた柄だけに、より一層愛着を感じる。エルメスというブランドをどう着こなせばいいだろう。 私が愛してやまない、日本の紬や染め物たちと一緒に。100年を超える手織りの紬。フシだらけの売り物にならない紬は、本来農閑期の冬の仕事として織るものだったが、現在ではその価値が見直されて非常に尊いものになっている。硬く目の詰まった織は簡単には敗れず、激しい労働にも耐えうる素晴らしい衣服だ。その紬を現代の鎧として新しく蘇らせたのが私が作るコート。 100年を超える白紬の重厚な質感に、フランスの気品が美しく溶け込む。ダスターコート「狭

Hamanaka Akiko
7月2日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu —エルメスのシルクと、17年前のリヨンの記憶
フランスの友人から贈られた、エルメスのシルクスカーフ。時を経ても色褪せない、最高峰の手仕事。 2009年。はじめてリヨンを訪れた。学生時代の友人が家族と共にリヨンに移り住んだ。 初めて歩く街は学生時代を過ごしたパリとは全く異なる顔を見せた。 ローマ帝国時代の遺跡が残り、おさんぽコースとして何気なく楽しむことができるし、はるか昔歩いたであろう古代の人々の足音を聞けるような気さえする。 夢中になってデッサンしていたころがふと懐かしくなった。友人も子供ができ家族のために時間を割き自分自身の時間などあってないようなもの。そんな時間旅行を過ごしていた。 お互いに一段落したような気になり、20年ぶりに再会した。お互いの変貌ぶりに驚愕するのはどこの国でも同じだろうが、思い出よりも現在のことを話すことに夢中だった。 Lyonの街は日差しが明るいせいか。または、空がよりよく見えるせいか、広く感じた。建物の色もなんとなく明るく感じた。ところが、旧市街と呼ばれる地域に迷い込んだ途端、異世界を体験する。中世より続く石畳が、空が見えない建物の並

Hamanaka Akiko
6月25日読了時間: 3分


À la recherche du temps perdu —Yukata Haute Couture_ 自分で縫い、自分で纏う。
貝の口に帯締。椅子に座れる帯結び。 自身で仕立てたものに手を通す瞬間。それは今まで味わったことのない快感だ。 袖を通すまでは恐怖さえ感じていたものが、瞬時に喜びへと変わる。 その瞬間に立ち会えることも教えるものとして大きな喜びだ。 自分に体にぴったりとしなやかに。 浴衣に着られるのではなく、自身がまとう。 ここに大きな違いがある。 ミシンでは糸が強すぎて生地が引っ張られ生地が裂ける。 手縫いでは糸に余裕を持たせ、遊びを生むために、生地が動く。 手縫いを着こなしてこその醍醐味であり、体験したものだけが理解できる感覚。 いつの間にか浴衣が夏だけの儀式になり、特別な衣服になり、安価な使い捨てになった。 お仕立てがすめば今度はどんな帯結びにしようかと考える。 昨今はイスの生活のため後ろに寄りかかれるものが良いこともある。 となると、定番の文庫結びはちょっと厄介だ。お太鼓も潰れてしまう。 私が推奨するのは貝の口に帯締。 軽くて型崩れを心配せずにいられて大人っぽい。 帯どめも遊べる。 Kai-no-kuchi" — Obi Styling for Mode

Hamanaka Akiko
6月18日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
江戸・明治の女性たちが伝えた和裁の技 母の世代の人たちは自身で浴衣を縫えたらしい。もしかしたら、現在も授業の一環として浴衣を仕立てる学校(専門学校以外)が存在するかもしれない。伝統工芸を守っていきたいこちらとしては非常に嬉しい活動である。しかしながら、実務的な合理性を求めるならこれもまた時間が足りない現代の風潮に反している行動なのかもしれない。AIが全てをまかなえるよう進化する現代、職人の技術くらいはせめて守りたい領域ではある。 浴衣はご存知の通り、木綿の単。一番気楽に和装を楽しめる。構造も至ってシンプル。いやいや、一反の反物から生まれる着物は浴衣であろうと絹物であろうと同じ構造である。 8枚の布から成り立っている。裁ち方を一度理解すればあとは自分で好きなものをどんどん縫うことができる。デザインというものが存在しないからだ。だから決して難しいことではない。好きな生地を見つけたら自分の身体にぴったりの寸法で自分の手でお気に入りの浴衣を仕立ててみるのはいとも楽しきことではないか。 和服は仕立て直しが前提の衣類。痩せても、逞しくなっても、再度解いて

Hamanaka Akiko
6月11日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
浴衣は年齢を気にせず、かなり大胆に遊べる着物のひとつ。 夏の代名詞として語られているが、起源は湯上がりに着るバスローブ。「帷子(かたびら)」と呼ばれていた。手ぬぐいで簡単に水分を拭き取ったあと、さっと羽織って外に出たのか、それとも色っぽく異性を誘っていたのか。 現代とはお風呂屋の様子も異なるが、想像は膨らむばかり。 浴衣オートクチュールが奨励する、二つ目のわがまま。 それは「袖の丸み」。 何も要求しなければ、自動的に和裁士が丸みを決める。 基本的には「5分」と呼ばれる、2cmの丸み。着物もほぼこれで仕立てられる。 でも、実は丸みも袖丈も自分で決められる。 知らないって、mottainai! 着る人の「わがまま」を叶える、浴衣オートクチュールの袖の丸み。 年齢を重ねていると、袖の丸みは小さくするのが決まり。 でも、若い頃を思い出して、うんっとまあるくしてみたくなる時はありませんか? 浴衣のみ、それが許されます。 元禄袖みたいに、ぐわっと丸くすることだって! 歳をとってから着物に目覚めたとなると、お袖の丸い着物を味わうことはできません。 だからこそ。

Hamanaka Akiko
6月3日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
背縫いを共布の背伏でくるむ。たった一手間が、浴衣の品格を変える。 背縫いに共布で背伏を作り、背縫いをくるみます。そうすることで、背中心を2度縫いすることになり、より丈夫な背縫いになります。 居敷当をつけなくなっている昨今、この、背伏でくるむ方法は非常に理にかなっています。 しかしながら、非常に面倒で手間がかかります。 果たしてどれくらいの仕立て屋が、共布背伏を作っているでしょう。 そもそも、お客様は背伏の意味さえ知らずに浴衣のお仕立てを任せているのではないでしょうか。 なんて、MOTTAINAI! お話ししたように、背伏を共布で作ることから始めなくてはいけないので、そこからお手間ではあります。でも、そのちょっとしたことが、どうでもいいように見えることが、居敷当を不要とし、より快適な着付けにつながり、真の浴衣オートクチュールと言えるのではないでしょうか。 次回はお袖の丸みと袖丈についてお話しします。 You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai. On ne porte

Hamanaka Akiko
5月28日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
竺仙籠染。表は縞、裏は隈取。 一枚の反物に、二つの表情。 そろそろ浴衣の季節だ。東京では三社祭が終わると浴衣に袖を通して出歩いていいという暗黙の了解があるらしい。地方によってはその土地でのお祭りが指針になったりするのだろう。縦に長い日本では季節の移ろいがかなり異なるのが常だから。 和裁は最近では海外縫製も盛んで、多少お安くできるからか海外縫製を選ぶ方も増えている。 正直私より腕のいい和裁士なんて数え切れないくらい存在する。 でも、PASSIONEERが提供するのは 浴衣オートクチュール。 好きな反物だけを決めてあとは自動的に浴衣が仕上がってくる、ちょっとだけ勿体無い。 和裁はオートクチュールだ、フランスのメゾンと何ら変わりはない。 一流のブランドのメゾンで行われていることが、和裁の世界では太古より何の疑問もなく 行われている。 日本人はそこに気づいていない。 和裁はオートクチュールだ。 寸法を図り、一人一人別々に丁寧に心を込めて、仕立てている。 柄があれば、袖を通す人が一番美しく見えるように考えて針を通す。 何も言わなければ自動的に仕上がってくる

Hamanaka Akiko
5月21日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
洗い張りをされた児玉博氏の型紙のよるそめの反物 なぜ和裁は手縫いなのか。当たり前のようにオートクチュールが行われている。非常に特別なことのはずなのに、古来よりの習慣のためか誰もその希少価値に気づかないし、気づこうとしない。しかしながら、さすがに木綿の浴衣などは、ミシン仕立てが進出してきている。理由は簡単。浴衣など、もう、誰も縫い直してきようなどと思わないし、そこまで着つくす習慣も残っていない。 私が幼き頃は、母や祖母の浴衣がオムツになり、雑巾になり朽ちていった。散々使われてお役目終了となり、土にかえる。 しかし、今現在、布オムツを使用している親がどれほどいるのだろう。果たして、浴衣の残骸布オムツなんて存在するのだろうか? この写真は、単の着物を解いたあと洗い張りをしたもの。 かなり汚れていた単衣だった。 改めてみると、人間国宝の児玉博氏の落款。そして、縞染の染師浅野 榮一氏は児玉氏の型紙しか使用しない。色合いはダルな感じ、手染めの温かみのある、それでいてなんとなく鈍い深み。これはもしかして浅野氏によるものなのかしらと一人考えてしまう日々。..

Hamanaka Akiko
5月15日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
七五三の着物を染め直し、仕立て直した。七歳のときの蝶が、今も舞っている。 私の七五三。この白い着物が、やがて深い紫へと生まれ変わる。蝶の柄は、そのまま次の命へ。 和服が仕立て直し前提の衣服であることは周知の事実です。 和裁用の針はこと更に細く、ミシンの針穴とは異なり、解いて洗うと針穴がふさがります。元の反物に戻ります。よって、新たなものに仕立て直しが可能です。 着物とはかくもサステナブルな衣服です。 着丈が将来のばせるように内揚げをたっぷりとる。 更に子供用には肩上げ、腰上げと、成長に合わせて長さを調節できるように工夫をします。年齢とともにお仕立て方法もかわります。 では、切られなくなった着物を一体どのようなものに変えられるかをお話します。 ひとつの反物を一生の伴侶にする。 振り袖を留袖や訪問着に。 これは一般的によく知られています。 他に長襦袢、羽織やコート、帯へ。 道行は最終形のため、道行から羽織にはできません。 生地により向かないものもあります。 長襦袢は羽裏に。2部式に変えて、羽裏とオソロイなんてゆうのも、お洒落です。...

Hamanaka Akiko
5月7日読了時間: 2分
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