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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu / 着物は完成しない
解いて、広げて、時間をかけて考える。誰の袖を通るのか。90歳になった母のもとへ帰るのか。 1950年代の母の振袖を2010年代に娘の成人式の着物にするため染め変えた。深い深い海の底の色にしたため、金彩のみが浮きだった。神秘的な外見が、娘の未知なる未来を暗示するかのようで、不安や好奇心をかきたてた。 その、染め変えた振袖ももう、着られなくなった。そう、着物は姿かたちをその時々で変えて生まれ変わる。直線裁ちだからこそできる生地の生命。絶えることのない命。着物はただ保管して100年生きるのではない。姿を変えて我々の前に現れる。100年前には想像もしなかったであろう姿になることもある。 娘は振袖はもう着られない。着物には、伝統的な規則がある。この神秘的な深い青をどう活かすべきか。解いて、広げて、時間をかけて考える。 誰の袖を通るのか。90歳になった母のもとへ帰るのか。 ハサミを入れるのはまだ先だ。 そしてもう一枚。赤い小紋も、その役目を終えようとしている。 さあ、この子はどんな形になり、どこへお嫁に行くのやら。 冬は終わりではない。次の命への静かな準備.

Hamanaka Akiko
4月2日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu/色は変わり、命はつながる
手描きの金彩が白地の宮殿をきらめかせていた——絹に織り込まれたバロックの輝き。 母の成人式の写真 このころはロココ調やらバロック調が着物業界で流行っていたらしい。 戦後の復興、追いつけ、追い越せの風潮と西洋へのとてつもない憧れがデザインに現れている。 母の成人式の着物は白地にエンタシスの柱、宮殿が鮮やかに描かれていたらしい。そして手描きの金彩がふんだんに使われ、宮殿がよりいっそうきらびやかに輝く。 母はその着物で父とのお見合いにでかけ、結婚式でお色直しにこの着物に袖を通した。 春の宴のように華やいだその日、白地の宮殿はひときわ輝いていたに違いない。 いうなれば、父との出会いを一緒に潜り抜けてきた相棒である。 着物は洋装と違い、年と共に色や柄に制限がかかる。 最近は洋服文化が浸透し派手な色目の着物をきることも可能になってきたが、さすがに成人式の振袖を60歳で着ることははばかれる。かといって、捨てるにはおしい。 母の人生を一緒に歩んできた時間の証言者なのだから。 和服は仕立て直しが前提の衣類である。 この大前提の掟にのっとり、わたしは娘の成人式の着物

Hamanaka Akiko
3月26日読了時間: 3分
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