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À la recherche du temps perdu/色は変わり、命はつながる

  • 執筆者の写真: Hamanaka Akiko
    Hamanaka Akiko
  • 3 日前
  • 読了時間: 3分

 母の成人式写真(モノクロ):
1950年代の東京で撮影された成人式の写真。白地にバロック調の宮殿模様と手描きの金彩が施された振袖を纏う若い女性。
手描きの金彩が白地の宮殿をきらめかせていた——絹に織り込まれたバロックの輝き。

母の成人式の写真


このころはロココ調やらバロック調が着物業界で流行っていたらしい。

戦後の復興、追いつけ、追い越せの風潮と西洋へのとてつもない憧れがデザインに現れている。

母の成人式の着物は白地にエンタシスの柱、宮殿が鮮やかに描かれていたらしい。そして手描きの金彩がふんだんに使われ、宮殿がよりいっそうきらびやかに輝く。

母はその着物で父とのお見合いにでかけ、結婚式でお色直しにこの着物に袖を通した。

春の宴のように華やいだその日、白地の宮殿はひときわ輝いていたに違いない。

いうなれば、父との出会いを一緒に潜り抜けてきた相棒である。

着物は洋装と違い、年と共に色や柄に制限がかかる。

最近は洋服文化が浸透し派手な色目の着物をきることも可能になってきたが、さすがに成人式の振袖を60歳で着ることははばかれる。かといって、捨てるにはおしい。

母の人生を一緒に歩んできた時間の証言者なのだから。

和服は仕立て直しが前提の衣類である。

この大前提の掟にのっとり、わたしは娘の成人式の着物に仕立て直すことに決めた。

白地ということもありところどころにかびやシミが浮き出ている。

時代が語られているが、そのまま袖を通すには娘の門出に相応しくない。

娘に希望をきき、

深い深い紺紫に染め変えた。



ベリー公の時祷書「4月」。春の婚約の宴が描かれたこの場面は、母がこの着物で結婚式のお色直しをした春の日と静かに響き合う。
4月——ベリー公の時祷書。春の宴。母はこの着物を、結婚式のお色直しにも纏った。

そして、金彩だけが残され、きらきらとあやしげに暗闇で光を放つ。

着物とは仕立て直しが前提。なんと美しい衣服だろう。

布地が生き続ける限り、着物は人を裏切らない。

からだを変えることなく、顔をかえて我々の前に再び姿を現した。

その時の感動。

60年の時を経て新しい命を吹き込まれた縮緬はみごと蘇って母の前に姿を見せた。

まったくちがう人間の袖をとおすことで・

色鮮やかだった派手な宮殿の宴は姿を消し、今は深い海の底に沈んだ古代の神殿のような神秘な形をみせている。

派手に書かれていた絵の上から色をかけるので、元の絵柄はすべて消えてしまう。

それがより不思議な陰影を生み出すことになり、より近くにいって、しみじみと縮緬を覗く行為へとつながる。

生まれ変わった縮緬をてにとり深い海の底へ沈んでゆく。

ロマンチック・アドベンチャーへの旅立ち。

2010年代の東京で撮影された成人式の写真。深い紺紫に染め変えられ、神秘的な金彩が輝く振袖を纏う若い女性。
60年後。宮殿は深い紺紫の底に消えた。残されたのは金彩だけ。海の底に沈んだ古代の神殿のように、闇の中から光を放つ。

着物は完成しない。




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