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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu —エルメスのシルクと、17年前のリヨンの記憶
フランスの友人から贈られた、エルメスのシルクスカーフ。時を経ても色褪せない、最高峰の手仕事。 2009年。はじめてリヨンを訪れた。学生時代の友人が家族と共にリヨンに移り住んだ。 初めて歩く街は学生時代を過ごしたパリとは全く異なる顔を見せた。 ローマ帝国時代の遺跡が残り、おさんぽコースとして何気なく楽しむことができるし、はるか昔歩いたであろう古代の人々の足音を聞けるような気さえする。 夢中になってデッサンしていたころがふと懐かしくなった。友人も子供ができ家族のために時間を割き自分自身の時間などあってないようなもの。そんな時間旅行を過ごしていた。 お互いに一段落したような気になり、20年ぶりに再会した。お互いの変貌ぶりに驚愕するのはどこの国でも同じだろうが、思い出よりも現在のことを話すことに夢中だった。 Lyonの街は日差しが明るいせいか。または、空がよりよく見えるせいか、広く感じた。建物の色もなんとなく明るく感じた。ところが、旧市街と呼ばれる地域に迷い込んだ途端、異世界を体験する。中世より続く石畳が、空が見えない建物の並

Hamanaka Akiko
7 日前読了時間: 3分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
江戸・明治の女性たちが伝えた和裁の技 母の世代の人たちは自身で浴衣を縫えたらしい。もしかしたら、現在も授業の一環として浴衣を仕立てる学校(専門学校以外)が存在するかもしれない。伝統工芸を守っていきたいこちらとしては非常に嬉しい活動である。しかしながら、実務的な合理性を求めるならこれもまた時間が足りない現代の風潮に反している行動なのかもしれない。AIが全てをまかなえるよう進化する現代、職人の技術くらいはせめて守りたい領域ではある。 浴衣はご存知の通り、木綿の単。一番気楽に和装を楽しめる。構造も至ってシンプル。いやいや、一反の反物から生まれる着物は浴衣であろうと絹物であろうと同じ構造である。 8枚の布から成り立っている。裁ち方を一度理解すればあとは自分で好きなものをどんどん縫うことができる。デザインというものが存在しないからだ。だから決して難しいことではない。好きな生地を見つけたら自分の身体にぴったりの寸法で自分の手でお気に入りの浴衣を仕立ててみるのはいとも楽しきことではないか。 和服は仕立て直しが前提の衣類。痩せても、逞しくなっても、再度解いて

Hamanaka Akiko
6月11日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
浴衣は年齢を気にせず、かなり大胆に遊べる着物のひとつ。 夏の代名詞として語られているが、起源は湯上がりに着るバスローブ。「帷子(かたびら)」と呼ばれていた。手ぬぐいで簡単に水分を拭き取ったあと、さっと羽織って外に出たのか、それとも色っぽく異性を誘っていたのか。 現代とはお風呂屋の様子も異なるが、想像は膨らむばかり。 浴衣オートクチュールが奨励する、二つ目のわがまま。 それは「袖の丸み」。 何も要求しなければ、自動的に和裁士が丸みを決める。 基本的には「5分」と呼ばれる、2cmの丸み。着物もほぼこれで仕立てられる。 でも、実は丸みも袖丈も自分で決められる。 知らないって、mottainai! 着る人の「わがまま」を叶える、浴衣オートクチュールの袖の丸み。 年齢を重ねていると、袖の丸みは小さくするのが決まり。 でも、若い頃を思い出して、うんっとまあるくしてみたくなる時はありませんか? 浴衣のみ、それが許されます。 元禄袖みたいに、ぐわっと丸くすることだって! 歳をとってから着物に目覚めたとなると、お袖の丸い着物を味わうことはできません。 だからこそ。

Hamanaka Akiko
6月3日読了時間: 2分
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