À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
- Hamanaka Akiko

- 6月11日
- 読了時間: 2分

母の世代の人たちは自身で浴衣を縫えたらしい。もしかしたら、現在も授業の一環として浴衣を仕立てる学校(専門学校以外)が存在するかもしれない。伝統工芸を守っていきたいこちらとしては非常に嬉しい活動である。しかしながら、実務的な合理性を求めるならこれもまた時間が足りない現代の風潮に反している行動なのかもしれない。AIが全てをまかなえるよう進化する現代、職人の技術くらいはせめて守りたい領域ではある。
浴衣はご存知の通り、木綿の単。一番気楽に和装を楽しめる。構造も至ってシンプル。いやいや、一反の反物から生まれる着物は浴衣であろうと絹物であろうと同じ構造である。
8枚の布から成り立っている。裁ち方を一度理解すればあとは自分で好きなものをどんどん縫うことができる。デザインというものが存在しないからだ。だから決して難しいことではない。好きな生地を見つけたら自分の身体にぴったりの寸法で自分の手でお気に入りの浴衣を仕立ててみるのはいとも楽しきことではないか。
和服は仕立て直しが前提の衣類。痩せても、逞しくなっても、再度解いて自らの手で再生可能の衣類。そんな衣服が世界中どれほど存在するか。和服の縫い方は江戸時代よりほとんど変化していないのが現状である。裁ち方などは全く変わっていない。ミシンで仕立てるようになってから、裁ち方も縫い方もミシン用に考案されてはいるが、
手縫いの場合はほとんど変わらない。枕草子などよんでみても、お針子に親近感さえ覚える。
一度仕立て方を習得すれば、お直しも自分でできるようになる。究極の繰り回しも夢ではない。
※繰り回しとはーー 傷んでいない部分だけを繋ぎ合わせて作る着物。究極のサステナブル。
和服はオートクチュールだ。
浴衣もしかり。自分で仕立てることも決して夢ではない。

You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai.
On ne porte pas forcément un kimono. Mais on peut porter l'art du Wasai.
— PASSIONEER


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