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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu —Yukata Haute Couture_ 自分で縫い、自分で纏う。
貝の口に帯締。椅子に座れる帯結び。 自身で仕立てたものに手を通す瞬間。それは今まで味わったことのない快感だ。 袖を通すまでは恐怖さえ感じていたものが、瞬時に喜びへと変わる。 その瞬間に立ち会えることも教えるものとして大きな喜びだ。 自分に体にぴったりとしなやかに。 浴衣に着られるのではなく、自身がまとう。 ここに大きな違いがある。 ミシンでは糸が強すぎて生地が引っ張られ生地が裂ける。 手縫いでは糸に余裕を持たせ、遊びを生むために、生地が動く。 手縫いを着こなしてこその醍醐味であり、体験したものだけが理解できる感覚。 いつの間にか浴衣が夏だけの儀式になり、特別な衣服になり、安価な使い捨てになった。 お仕立てがすめば今度はどんな帯結びにしようかと考える。 昨今はイスの生活のため後ろに寄りかかれるものが良いこともある。 となると、定番の文庫結びはちょっと厄介だ。お太鼓も潰れてしまう。 私が推奨するのは貝の口に帯締。 軽くて型崩れを心配せずにいられて大人っぽい。 帯どめも遊べる。 Kai-no-kuchi" — Obi Styling for Mode

Hamanaka Akiko
6月18日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
浴衣は年齢を気にせず、かなり大胆に遊べる着物のひとつ。 夏の代名詞として語られているが、起源は湯上がりに着るバスローブ。「帷子(かたびら)」と呼ばれていた。手ぬぐいで簡単に水分を拭き取ったあと、さっと羽織って外に出たのか、それとも色っぽく異性を誘っていたのか。 現代とはお風呂屋の様子も異なるが、想像は膨らむばかり。 浴衣オートクチュールが奨励する、二つ目のわがまま。 それは「袖の丸み」。 何も要求しなければ、自動的に和裁士が丸みを決める。 基本的には「5分」と呼ばれる、2cmの丸み。着物もほぼこれで仕立てられる。 でも、実は丸みも袖丈も自分で決められる。 知らないって、mottainai! 着る人の「わがまま」を叶える、浴衣オートクチュールの袖の丸み。 年齢を重ねていると、袖の丸みは小さくするのが決まり。 でも、若い頃を思い出して、うんっとまあるくしてみたくなる時はありませんか? 浴衣のみ、それが許されます。 元禄袖みたいに、ぐわっと丸くすることだって! 歳をとってから着物に目覚めたとなると、お袖の丸い着物を味わうことはできません。 だからこそ。

Hamanaka Akiko
6月3日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
竺仙籠染。表は縞、裏は隈取。 一枚の反物に、二つの表情。 そろそろ浴衣の季節だ。東京では三社祭が終わると浴衣に袖を通して出歩いていいという暗黙の了解があるらしい。地方によってはその土地でのお祭りが指針になったりするのだろう。縦に長い日本では季節の移ろいがかなり異なるのが常だから。 和裁は最近では海外縫製も盛んで、多少お安くできるからか海外縫製を選ぶ方も増えている。 正直私より腕のいい和裁士なんて数え切れないくらい存在する。 でも、PASSIONEERが提供するのは 浴衣オートクチュール。 好きな反物だけを決めてあとは自動的に浴衣が仕上がってくる、ちょっとだけ勿体無い。 和裁はオートクチュールだ、フランスのメゾンと何ら変わりはない。 一流のブランドのメゾンで行われていることが、和裁の世界では太古より何の疑問もなく 行われている。 日本人はそこに気づいていない。 和裁はオートクチュールだ。 寸法を図り、一人一人別々に丁寧に心を込めて、仕立てている。 柄があれば、袖を通す人が一番美しく見えるように考えて針を通す。 何も言わなければ自動的に仕上がってくる

Hamanaka Akiko
5月21日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu / 有松鳴海絞りの浴衣と和裁文化|昭和初期の木綿と藍の記憶
祖母が日常着として着ていた有松鳴海絞りの浴衣。洗われながら時間を残している。 昭和初期、祖母が着ていた浴衣。明治初期以降、化学染料が広く普及し、本藍のように手間のかかる染めは急速に姿を消していった。この一枚も例外ではない。化学染料による濃紺。お出かけ着ではなく、常着。祖母は湯上がりに袖を通していた。 襟まわりには、今では考えられないほど厚い晒の汗取り。まさに生活の一部だった。 木綿の浴衣が庶民に広く行き渡ったのは江戸時代後期。木綿と藍は抜群に相性がよく、丈夫で洗えて、夏に適していた。絹は夢の衣服。庶民にとっては麻か木綿。その木綿に「絞り」という技術を加えることで、手間をかけたという誇りと、美しさと、機能性を同時に手に入れた。 なぜ浴衣になると絞りなのか。 代表格は有松鳴海の絞り。江戸時代、街道を行き交う旅人に豆絞りの手拭いを売ったことが始まりとされる。老舗の竹田嘉兵衛商店には、徳川家茂が、妻である和宮への土産として求めたという記録も残る。絞りという技法自体は、はるか古代、大和の時代から続く技術である。 絞りの浴衣を着ると、肌に凹凸を感じる。布と体

Hamanaka Akiko
2月19日読了時間: 2分
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