À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
- Hamanaka Akiko

- 5月21日
- 読了時間: 2分

そろそろ浴衣の季節だ。東京では三社祭が終わると浴衣に袖を通して出歩いていいという暗黙の了解があるらしい。地方によってはその土地でのお祭りが指針になったりするのだろう。縦に長い日本では季節の移ろいがかなり異なるのが常だから。
和裁は最近では海外縫製も盛んで、多少お安くできるからか海外縫製を選ぶ方も増えている。 正直私より腕のいい和裁士なんて数え切れないくらい存在する。 でも、PASSIONEERが提供するのは
浴衣オートクチュール。
好きな反物だけを決めてあとは自動的に浴衣が仕上がってくる、ちょっとだけ勿体無い。 和裁はオートクチュールだ、フランスのメゾンと何ら変わりはない。
一流のブランドのメゾンで行われていることが、和裁の世界では太古より何の疑問もなく
行われている。
日本人はそこに気づいていない。 和裁はオートクチュールだ。 寸法を図り、一人一人別々に丁寧に心を込めて、仕立てている。
柄があれば、袖を通す人が一番美しく見えるように考えて針を通す。 何も言わなければ自動的に仕上がってくる浴衣。 もっとわがままにこだわってもいいのに。 PASSIONEERが提供する浴衣オートクチュール。 何が違うの、どこが違うの。
それが___共布の背伏せ、そして袖の丸み。その意味は次回お話しします。 You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai.
On ne porte pas forcément un kimono. Mais on peut porter l'art du Wasai.
— PASSIONEER

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