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À la recherche du temps perdu/なぜ直線裁ちの衣服は100年後も着られるのか

  • 執筆者の写真: Hamanaka Akiko
    Hamanaka Akiko
  • 2月26日
  • 読了時間: 3分

更新日:5 日前

直線裁ちで仕立てられた着物の構造を示す反物と和裁のディテール
直線裁ちは、解体と再生を可能にする構造として2000年続いている。

和服は仕立て直しが前提の衣服である。家族が多かった時代、子供が成長すれば着物は解かれ、洗われ、再び仕立て直された。袖が傷めば、その部分を外し、別の布を組み合わせ、新たな衣服として生まれ変わる。この相互関係を延々と繋ぎ続ける構造こそが、直線裁の本質である。和裁の世界では繰り回しと呼ばれるこの営みは、限られた資源の中で絹という貴重な素材を慈しみ、継承するための合理的な方法であった。

直線裁の着物は、8枚の布から構成されている。これらの布は解いて洗うことで、再び元の反物の形へ戻ることができる。つまり、着物は完成された最終形ではなく、常に再構築される可能性を内包した構造体なのである。これは紬に限らず、柔らかものと呼ばれる染めの着物にも共通する。元来、着物は水洗いが可能であり、仕立て直しを繰り返すことを前提として存在している。

直線裁が2000年近く維持されてきた理由は、単なる伝統の継承ではない。それは合理性の結果である。反物という規格化された布を無駄なく使用し、誰の身体にも適応し、そして再び解いて別の形へ移行することができる。この可逆性こそが、直線裁を消滅させなかった最大の理由である。形を固定するのではなく、未来へ開いておく。この思想が和服の構造の核心にある。

さらに、直線裁は織物の地の目を完全に尊重する構造でもある。反物は一定方向に織られており、その方向に沿って裁断することで、布は最も安定した状態を保つ。歪みは生じず、力は均等に分散される。そのため、数十年を経ても形は崩れず、解けば再び平面へ戻ることができる。これは布を単なる素材としてではなく、構造体として扱う思想である。

ミシン縫いとは異なり、和裁は一本の絹糸による手縫いで仕立てられる。上糸と下糸によって布を固定するミシン縫いとは違い、手縫いは解くことを前提としているため、針跡はほとんど残らない。手縫いと直線裁は、解体と再生を可能にするための必然的な組み合わせなのである。

洋服は現在の身体に合わせて作られるが、和服は未来の身体にも対応できるように作られている。それは現在の所有者だけでなく、次の所有者のためにも存在している。直線裁とは単なる裁断技術ではなく、時間の中で生き続けるための設計思想なのである。

我々和裁士は、布を切っているのではない。布の未来を設計しているのである。どこで解かれ、どこで再び縫われるか。その可能性を閉ざさないように仕立てる。直線裁とは完成ではなく、変化の起点なのである。



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