À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
- Hamanaka Akiko

- 4月30日
- 読了時間: 2分

和裁が「手縫い」である、唯一無二の理由
和裁は、最初から「仕立て直し」を前提とした衣服です。 ミシンで縫えば、布に針跡が残り、解いた時にその傷は消えません。だからこそ、和裁の針は極限まで細く、しつけ糸さえも洋裁用に比べて繊細です。道具のすべてが、洋裁とは根本から異なります。 「布を傷つけず、再び反物の形に戻せるように縫う」。この思想こそが、仕立て直しを可能にしているのです。
1300年続く、生きたオートクチュール
反物から一人ひとりの体に合わせ、一針ずつ命を吹き込む。この技術は1300年以上前から続く、完成されたオートクチュールです。 今、本場フランスの名だたるメゾンでさえ、オートクチュール部門は既製服(プレタポルテ)の波に押され、その存続が危ぶまれています。しかし、和裁の世界はどうでしょう。 反物から仕立てる文化が続く限り、日本のオートクチュールは決して消えることのない、世界に類を見ない強固な技術なのです。

「安さ」と「スピード」が奪う、衣服の未来
しかし、そうはいっても和装業界は今、青色吐息。 老舗が次々と店を畳む一方で、新興呉服店は「レンタル」や「ミシン仕立て」を推奨し、少しでも安く、手軽に和服を普及させようと腐心しています。お仕立て代を抑えるために、海外へ仕立てを出すことも珍しくありません。(現在ではもはや日本の方が人件費はお安いですが)
技術の普及という点では意義があるかもしれません。しかし、ミシンで縫われた着物に「次」はありません。仕立て直しができず、引き継ぐこともできない。その場限りの安さを優先した結果、衣服の寿命はそこで途絶えてしまうのです。
伝統とマーケティングの矛盾
昨今では、洋装の生地を使った垢抜けたデザインの浴衣が人気を博しています。市場のマーケティングとしては正解でしょう。しかし、それらは和装用の反物とは規格が異なり、解いて仕立て直すことが不可能な場合も多いのです。
伝統を守りたいという保守的な願いと、現代の市場に抗えない現状。この矛盾こそが、和服を衰退させている真実ではないでしょうか。
次回は、一枚の「反物」を一生の伴侶に、そして次の世代へと繋いでいく具体的な方法をお伝えします。



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