top of page
PASSIONEER


À la recherche du temps perdu — 禰豆子の麻の葉
まっすぐ育つという願い 『鬼滅の刃』を見た。 巷では大ヒットのアニメ。 家族愛、兄弟愛に心を打たれると聞いていた。 内容は、今回は脇に置いておく。 気になったのは、キャラクターが着る着物の柄。 どのキャラクターも、性格に合わせてよく考えられている。 炭治郎は市松。これは、あまりにも有名。 禰豆子は、麻の葉柄。 可愛い。 麻は、まっすぐ、丈夫に育つ。 日本では昔から、赤ちゃんの産着に使われてきた。 魔除けの意味もある。 鬼になった妹を、兄が守り続ける物語。 禰豆子にこの柄が似合うのは、偶然ではない気がした。 今でこそ、そのような習慣はなきに等しい。 けれど、健やかな成長を願う気持ちは、昔も今も、世界中どこでも同じなのではないだろうか。 麻の葉柄は、襦袢にも用いられる。 女児が着る長襦袢に麻の葉柄を使い、母親がひと針ひと針、願いを込めて針を進める。 そんな時代が、ついこの間まで存在していた。 新しいご主人様が見つからぬまま、深い眠りについていた反物。 その反物は、Combinaisonに生まれ変わるべく、長い眠りからようやく目覚める。 You may

Hamanaka Akiko
10月29日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu — ミセス・ハリス、パリへ行く
『ミセス・ハリス、パリへ行く』 【ドレスは、夢を着る人のもとへ。】 映画を見た。 そこかしこに懐かしいパリの香りがして、夢を見ているようだった。 原作は、イギリス人作家ポール・ギャリコの小説。 ハリス夫人は、ロンドンで家政婦をしている。 かなりの売れっ子で、働き詰めの毎日。 ある日、働き先のお宅で、奥様が持つディオールのドレスに一目惚れする。 そして、自分もディオールのドレスを買おうと決意し、必死にお金を貯める。 やっとたどり着いたパリのディオールのメゾン。 ハリス夫人は、別世界に困惑する。 けれど、メゾンは夫人に魔法をかけてしまう。 コレクションでドレスを見たときの、夫人の表情は喜びにあふれている。 白衣のお針子たちに仮縫いをしてもらう姿は、微笑ましい。 サルトルの実存主義を愛読する、トップマヌカン。 素敵な侯爵にお茶に誘われ、恋する気持ちを思い出す。 侯爵は夫人に、寄宿舎時代の掃除婦「ミセス・モップ」を重ねていた。 ここは、切なかった。 ロマンチックなパリで、夫人は自分の存在意義を見つける。 世界に一枚しかない、オートクチュールのドレスを持つ

Hamanaka Akiko
10月22日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — メゾンと、作業所
同じ場所を、メゾンと呼ぶか、作業所と呼ぶか。 見たのは、ずいぶん前のこと。 筋は、だいたい想像がつく。 主人公が、マダムとぶつかって、メゾンを飛び出す。 でも、きっと戻ってくる。 そうでないと、映画が終わってしまうから。(笑) それでも、ディオールのメゾンの中が映る。 それだけで、見る価値があった。 本物の手仕事がそこにある。 そして、マダムは文句なく格好いい。 フランス語では「メゾン」。 日本語では「作業所」。 働くところ。 同じ場所を指しているのに、随分と違う呼び名だと思った。 私がお稽古をした作業所は、余計なことは言わない。 ただ黙々と縫い続ける日々。 おしゃべりなんて存在しない。 和裁は、分業ではない。 最初から最後まで、自分が責任を持って一枚を仕上げる。 映画の中のメゾンは違って見えた。 一枚のドレスに、たくさんの縫い手が、同じフロアで関わっている。 まず、ここが一番違う。 和服はどうだろう。 摺箔、刺繍、染め。 それぞれが、それぞれの工房で仕上げる。 ふと思った。 皆が同じ空間で、一枚の着物を作ることができたら。 You may ne

Hamanaka Akiko
10月15日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu — 青いカフタンの仕立て屋
先日、配信サービスの画面に「おすすめ」と出てきたこの映画を、偶然見た。 予告編を見ると、手縫いの美しさに引き込まれた。 カフタンというものさえ知らなかった。 【『青いカフタンの仕立て屋』 予告編 地球の反対側で、同じ針を持つ人がいた。】 カフタン(Caftan / Kaftan)とは、中東やトルコ、北アフリカなどで古くから着られてきた、ゆったりとしたシルエットの長衣(民族衣装)のことらしい。なんと、着物に近い構造。親近感がグッと湧くというものだ。 衿周り、袖口、裾に豪華な手刺繍を施して、美しさを競うものらしい。その細かい手作業を見た時、繰り返し繰り返しリピートボタンを押していた。 映画の中で、昔気質の職人が悩む。 低価格で早く仕立ててほしいお客との間で葛藤する。 店と暮らしを守るために現実を見つめる妻。 100年持つような、後世に残せるような仕事をしたい夫。 そして、二人三脚で歩んできた夫婦の形が美しかった。 非常に心うつ場面が多く、カフタンの美しさと共に、自分の境遇と重なり、所々で共感を覚えた。手縫いの現状は世界中で同じなのかと悲しくもなり、

Hamanaka Akiko
10月8日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu ― モンテ・クリスト伯
マルセイユの海と空の境界線、そして袖に宿るChâteau d'If。自ら描いた地中海のデッサンが、友禅職人の手によって世界に一枚のオートクチュールとして生まれた青い訪問着 フランスにいたころはデッサンばかりしていた。毎日ものすごく。今から思えばそんなことは当たり前で。キュビスムを先導したピカソ、「泣く女」を見てるといたずら画に見えるかもしれない。でも、彼のデッサンは息をのむ、圧倒される。基礎がある。 マルセイユにいったとき。地中海を初めてみた。なんと美しく見えたことか。パリには海がないからマルセイユで空と海の境界線が消えた時、ただただ港に座って時を忘れていた。 遠くにChateau d’if が見えた。港の前にはちょうどカフェがあって、テラスに陣取って海を描いていた。周りの人たちが声をかけてくる。 「どこからきたの?」 「何を描いてるの?みせて」 エスプレッソ1杯でテラス席に居座るほど度胸はなくて、 「なにか甘いものある?」 「Tarte au citron. 最高におススメ、夏にぴったり」 パリに住んでいたのにこのTarte au...

Hamanaka Akiko
7月16日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
洗い張りをされた児玉博氏の型紙のよるそめの反物 なぜ和裁は手縫いなのか。当たり前のようにオートクチュールが行われている。非常に特別なことのはずなのに、古来よりの習慣のためか誰もその希少価値に気づかないし、気づこうとしない。しかしながら、さすがに木綿の浴衣などは、ミシン仕立てが進出してきている。理由は簡単。浴衣など、もう、誰も縫い直してきようなどと思わないし、そこまで着つくす習慣も残っていない。 私が幼き頃は、母や祖母の浴衣がオムツになり、雑巾になり朽ちていった。散々使われてお役目終了となり、土にかえる。 しかし、今現在、布オムツを使用している親がどれほどいるのだろう。果たして、浴衣の残骸布オムツなんて存在するのだろうか? この写真は、単の着物を解いたあと洗い張りをしたもの。 かなり汚れていた単衣だった。 改めてみると、人間国宝の児玉博氏の落款。そして、縞染の染師浅野 榮一氏は児玉氏の型紙しか使用しない。色合いはダルな感じ、手染めの温かみのある、それでいてなんとなく鈍い深み。これはもしかして浅野氏によるものなのかしらと一人考えてしまう日々。..

Hamanaka Akiko
5月15日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
縫い糸を解いて洗い張りし、再び一枚の反物の姿へと蘇った絹布 和裁が「手縫い」である、唯一無二の理由 和裁は、最初から「仕立て直し」を前提とした衣服です。 ミシンで縫えば、布に針跡が残り、解いた時にその傷は消えません。だからこそ、和裁の針は極限まで細く、しつけ糸さえも洋裁用に比べて繊細です。道具のすべてが、洋裁とは根本から異なります。 「布を傷つけず、再び反物の形に戻せるように縫う」。この思想こそが、仕立て直しを可能にしているのです。 1300年続く、生きたオートクチュール 反物から一人ひとりの体に合わせ、一針ずつ命を吹き込む。この技術は1300年以上前から続く、完成されたオートクチュールです。 今、本場フランスの名だたるメゾンでさえ、オートクチュール部門は既製服(プレタポルテ)の波に押され、その存続が危ぶまれています。しかし、和裁の世界はどうでしょう。 反物から仕立てる文化が続く限り、日本のオートクチュールは決して消えることのない、世界に類を見ない強固な技術なのです。 仕立て直しの出発点となる美しい絹の反物 「安さ」と「スピード」が奪う、衣服の未

Hamanaka Akiko
4月30日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu / 洋装で見れば、緋色のパンツにド紫のジャケット
緋袴は名古屋帯となり、今もAkikoの腰に巻かれる。祖母から母へ、そして私へ。 この緋色の帯は曾祖母の緋袴を仕立て直したものであり、今も健在だ。 祖母から母へ、そして私の手元に来たときは母の名古屋帯になっていた。祖母が母のために名古屋帯に仕立て直したらしい。 体格のいいわたしには少々短いが背中に手が回る限り締められそうだ。 この宮中で穿く女性用の袴、実は世界に類を見ない仕立て方から成り立っている。緋袴の色に目を奪われて仕立て方までなかなか思いが行きつかないかもしれないが、紐解くとそれはそれは摩訶不思議な仕立て方法になっている。 正式には長袴と呼ばれる。それまでは足首までだった袴が、奈良時代からの石畳の立礼から寝殿造りの座礼に変化したのが影響していると考えられる。 構成は長方形襠布を用いた特殊なもので、その縫製は女袴の他には見られない。材料は主に紅の平絹。あるいは綾だが、曾祖母の袴は平織だ。 引きずって歩いたり、畳の上で擦れたりすることが考慮されているのだろう、非常にしっかりとした密度の高い平絹である。 滑らないので帯として締めるには非常にいい

Hamanaka Akiko
4月23日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu / 眠り姫、100年の目覚め
1928年、昭和天皇御大典。曾祖母はしきたりに則り小袿姿で参列した。この衣装が、100年の旅を始める。 1928年、昭和天皇御大典に参列した際の曾祖父母の写真。曾祖母は宮中参列のしきたりに則り小袿(こうちぎ)姿で参列。嫁として嫁いだ祖母は、なんと戦後の食糧不足の時期にもこの衣装だけは売らずに手元に残した。姑が生きていたからという理由があるだろうが、それにしても誉だったことがよくわかる。 1958年、曾祖母の孫にあたる私の母が嫁ぐことが決まる。祖母はなんと、この小袿一式を嫁入り道具のひとつとして自ら布団に仕立てた。小袿だから何枚も重ね着をしているのだがそれらをすべて解き、一枚の布に戻した。これも和裁のなせる技。解いて仕立て直しができる。着物ではなく、布団に!祖母は嫁ぐ娘のために布団をこしらえ娘に持たせた。ところが。父と母はこの布団で寝ることはなかった。農家出身の父が、おそれおおいと嫌がったらしい。かくして、布団に変わった小袿は押し入れの奥で長い長い眠りにつく。70年を超す長い長い眠りから目覚めた眠り姫は、今度は異なる相手のために美しさを見せることに

Hamanaka Akiko
4月9日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu / 着物は完成しない
解いて、広げて、時間をかけて考える。誰の袖を通るのか。90歳になった母のもとへ帰るのか。 1950年代の母の振袖を2010年代に娘の成人式の着物にするため染め変えた。深い深い海の底の色にしたため、金彩のみが浮きだった。神秘的な外見が、娘の未知なる未来を暗示するかのようで、不安や好奇心をかきたてた。 その、染め変えた振袖ももう、着られなくなった。そう、着物は姿かたちをその時々で変えて生まれ変わる。直線裁ちだからこそできる生地の生命。絶えることのない命。着物はただ保管して100年生きるのではない。姿を変えて我々の前に現れる。100年前には想像もしなかったであろう姿になることもある。 娘は振袖はもう着られない。着物には、伝統的な規則がある。この神秘的な深い青をどう活かすべきか。解いて、広げて、時間をかけて考える。 誰の袖を通るのか。90歳になった母のもとへ帰るのか。 ハサミを入れるのはまだ先だ。 そしてもう一枚。赤い小紋も、その役目を終えようとしている。 さあ、この子はどんな形になり、どこへお嫁に行くのやら。 冬は終わりではない。次の命への静かな準備.

Hamanaka Akiko
4月2日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu/色は変わり、命はつながる
手描きの金彩が白地の宮殿をきらめかせていた——絹に織り込まれたバロックの輝き。 母の成人式の写真 このころはロココ調やらバロック調が着物業界で流行っていたらしい。 戦後の復興、追いつけ、追い越せの風潮と西洋へのとてつもない憧れがデザインに現れている。 母の成人式の着物は白地にエンタシスの柱、宮殿が鮮やかに描かれていたらしい。そして手描きの金彩がふんだんに使われ、宮殿がよりいっそうきらびやかに輝く。 母はその着物で父とのお見合いにでかけ、結婚式でお色直しにこの着物に袖を通した。 春の宴のように華やいだその日、白地の宮殿はひときわ輝いていたに違いない。 いうなれば、父との出会いを一緒に潜り抜けてきた相棒である。 着物は洋装と違い、年と共に色や柄に制限がかかる。 最近は洋服文化が浸透し派手な色目の着物をきることも可能になってきたが、さすがに成人式の振袖を60歳で着ることははばかれる。かといって、捨てるにはおしい。 母の人生を一緒に歩んできた時間の証言者なのだから。 和服は仕立て直しが前提の衣類である。 この大前提の掟にのっとり、わたしは娘の成人式の着物

Hamanaka Akiko
3月26日読了時間: 3分


永遠の絹:なぜ紬は一世紀続くように設計されたか
華奢な絹という誤解(デリケートさの神話) 「絹はデリケート」「ヴィンテージ着物は破れやすい」という不安を抱く方も多いはずです。 ここで、はっきりとお伝えします。 紬(つむぎ)は、日本の歴史において最も強く、最も丈夫な絹なのです。 サテンやクレープのような華やかな絹と違い、紬は元々、農家や職人が日常的に着用するために生まれました。贅沢品としてではなく、耐久性(ロンジェビティ)のために設計されています。 50年前の紬を現代風のダスターコートへ 紬の強さと「和裁」の秘密 A. 織りの秘密:日常に耐えるために生まれた織り 紬は、糸を先に染めてから織り上げる「先染め」の技法を用います。マットで控えめな質感は、日常の摩耗を自然に隠します。幾世代にもわたる日々の使用に耐えるよう織り込まれており、ファストファッションで見られるデリケートな生地とは真逆の存在です。 B. 命を吹き込む手縫い:「呼吸する縫い目」 現代のコートとして生き残る鍵は、日本の伝統的な縫製技術である 和裁 にあります。 あなたも気づいたように、縫い糸には意図的に小さな「たるみ」を持たせています

Hamanaka Akiko
2025年11月28日読了時間: 2分
bottom of page