top of page
PASSIONEER


À la recherche du temps perdu ― モンテ・クリスト伯
マルセイユの海と空の境界線、そして袖に宿るChâteau d'If。自ら描いた地中海のデッサンが、友禅職人の手によって世界に一枚のオートクチュールとして生まれた青い訪問着 フランスにいたころはデッサンばかりしていた。毎日ものすごく。今から思えばそんなことは当たり前で。キュビスムを先導したピカソ、「泣く女」を見てるといたずら画に見えるかもしれない。でも、彼のデッサンは息をのむ、圧倒される。基礎がある。 マルセイユにいったとき。地中海を初めてみた。なんと美しく見えたことか。パリには海がないからマルセイユで空と海の境界線が消えた時、ただただ港に座って時を忘れていた。 遠くにChateau d’if が見えた。港の前にはちょうどカフェがあって、テラスに陣取って海を描いていた。周りの人たちが声をかけてくる。 「どこからきたの?」 「何を描いてるの?みせて」 エスプレッソ1杯でテラス席に居座るほど度胸はなくて、 「なにか甘いものある?」 「Tarte au citron. 最高におススメ、夏にぴったり」 パリに住んでいたのにこのTarte au...

Hamanaka Akiko
7月16日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu —線の先に見えるもの
フランスの伝統的な大判画用紙「Raisin(レザン)」に刻まれた、若き日の線の集積。サン・シュルピス教会 学生時代はデッサンや写生に明け暮れていた。石膏の胸像、ヌードデッサン、屋外での写生。さまざまなものに目を凝らし、うつしとっていた。毎日夢中で鉛筆やペンを走らせていた。 フランスの伝統的な大判画用紙「Raisin(レザン)」に刻まれた、若き日の線の集積。右側中段が、あのムフタール通りのデッサン。 ある日ムフタール街に写生に出かけた。それぞれ思い思いの場所を見つけ座れるところを確保し、carton(画板)を抱える。一階がカフェになっている建物を描いていたわたしは、細部を確認したくて建物の前に歩み寄った。車が停まっていて、目の前のボンネットはちょうどよい高さの机になった。 ボンネットの上にcartonを置きペンを握るわたしに、目の前でくつろぐMadameが声をかけようとした。おそらく車の持ち主だったのだろう。ところが、隣に座るMonsieurがそれを手で遮り私に向かってにっこり微笑んだ。 フランスでは、学生や若者、あるいは職を求める人々に対しても、

Hamanaka Akiko
7月9日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu —2枚のスカーフと衣服の記憶
フランスの友人がくれたエルメスのスカーフは2枚。1枚は私が立ち上げたブランドのお祝いにと蛍の思い出と共に贈ってくれた。もう一枚は数年前、旦那様のおばさまが愛用していらしたという一枚。こちらは、絵柄が正統派でこれこそフランスというような貴族が騎乗している柄。どちらも私にはかけがえのない宝物。日本の養蚕業が歴史的にフランスと深く関わり合いを持っていることなどを考えると、これら2枚のエルメスも、より感慨深いものになる。友人が私のために選んでくれた柄だけに、より一層愛着を感じる。エルメスというブランドをどう着こなせばいいだろう。 私が愛してやまない、日本の紬や染め物たちと一緒に。100年を超える手織りの紬。フシだらけの売り物にならない紬は、本来農閑期の冬の仕事として織るものだったが、現在ではその価値が見直されて非常に尊いものになっている。硬く目の詰まった織は簡単には敗れず、激しい労働にも耐えうる素晴らしい衣服だ。その紬を現代の鎧として新しく蘇らせたのが私が作るコート。 100年を超える白紬の重厚な質感に、フランスの気品が美しく溶け込む。ダスターコート「狭

Hamanaka Akiko
7月2日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
背縫いを共布の背伏でくるむ。たった一手間が、浴衣の品格を変える。 背縫いに共布で背伏を作り、背縫いをくるみます。そうすることで、背中心を2度縫いすることになり、より丈夫な背縫いになります。 居敷当をつけなくなっている昨今、この、背伏でくるむ方法は非常に理にかなっています。 しかしながら、非常に面倒で手間がかかります。 果たしてどれくらいの仕立て屋が、共布背伏を作っているでしょう。 そもそも、お客様は背伏の意味さえ知らずに浴衣のお仕立てを任せているのではないでしょうか。 なんて、MOTTAINAI! お話ししたように、背伏を共布で作ることから始めなくてはいけないので、そこからお手間ではあります。でも、そのちょっとしたことが、どうでもいいように見えることが、居敷当を不要とし、より快適な着付けにつながり、真の浴衣オートクチュールと言えるのではないでしょうか。 次回はお袖の丸みと袖丈についてお話しします。 You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai. On ne porte

Hamanaka Akiko
5月28日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu — 浴衣オートクチュール —
竺仙籠染。表は縞、裏は隈取。 一枚の反物に、二つの表情。 そろそろ浴衣の季節だ。東京では三社祭が終わると浴衣に袖を通して出歩いていいという暗黙の了解があるらしい。地方によってはその土地でのお祭りが指針になったりするのだろう。縦に長い日本では季節の移ろいがかなり異なるのが常だから。 和裁は最近では海外縫製も盛んで、多少お安くできるからか海外縫製を選ぶ方も増えている。 正直私より腕のいい和裁士なんて数え切れないくらい存在する。 でも、PASSIONEERが提供するのは 浴衣オートクチュール。 好きな反物だけを決めてあとは自動的に浴衣が仕上がってくる、ちょっとだけ勿体無い。 和裁はオートクチュールだ、フランスのメゾンと何ら変わりはない。 一流のブランドのメゾンで行われていることが、和裁の世界では太古より何の疑問もなく 行われている。 日本人はそこに気づいていない。 和裁はオートクチュールだ。 寸法を図り、一人一人別々に丁寧に心を込めて、仕立てている。 柄があれば、袖を通す人が一番美しく見えるように考えて針を通す。 何も言わなければ自動的に仕上がってくる

Hamanaka Akiko
5月21日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
洗い張りをされた児玉博氏の型紙のよるそめの反物 なぜ和裁は手縫いなのか。当たり前のようにオートクチュールが行われている。非常に特別なことのはずなのに、古来よりの習慣のためか誰もその希少価値に気づかないし、気づこうとしない。しかしながら、さすがに木綿の浴衣などは、ミシン仕立てが進出してきている。理由は簡単。浴衣など、もう、誰も縫い直してきようなどと思わないし、そこまで着つくす習慣も残っていない。 私が幼き頃は、母や祖母の浴衣がオムツになり、雑巾になり朽ちていった。散々使われてお役目終了となり、土にかえる。 しかし、今現在、布オムツを使用している親がどれほどいるのだろう。果たして、浴衣の残骸布オムツなんて存在するのだろうか? この写真は、単の着物を解いたあと洗い張りをしたもの。 かなり汚れていた単衣だった。 改めてみると、人間国宝の児玉博氏の落款。そして、縞染の染師浅野 榮一氏は児玉氏の型紙しか使用しない。色合いはダルな感じ、手染めの温かみのある、それでいてなんとなく鈍い深み。これはもしかして浅野氏によるものなのかしらと一人考えてしまう日々。..

Hamanaka Akiko
5月15日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —
縫い糸を解いて洗い張りし、再び一枚の反物の姿へと蘇った絹布 和裁が「手縫い」である、唯一無二の理由 和裁は、最初から「仕立て直し」を前提とした衣服です。 ミシンで縫えば、布に針跡が残り、解いた時にその傷は消えません。だからこそ、和裁の針は極限まで細く、しつけ糸さえも洋裁用に比べて繊細です。道具のすべてが、洋裁とは根本から異なります。 「布を傷つけず、再び反物の形に戻せるように縫う」。この思想こそが、仕立て直しを可能にしているのです。 1300年続く、生きたオートクチュール 反物から一人ひとりの体に合わせ、一針ずつ命を吹き込む。この技術は1300年以上前から続く、完成されたオートクチュールです。 今、本場フランスの名だたるメゾンでさえ、オートクチュール部門は既製服(プレタポルテ)の波に押され、その存続が危ぶまれています。しかし、和裁の世界はどうでしょう。 反物から仕立てる文化が続く限り、日本のオートクチュールは決して消えることのない、世界に類を見ない強固な技術なのです。 仕立て直しの出発点となる美しい絹の反物 「安さ」と「スピード」が奪う、衣服の未

Hamanaka Akiko
4月30日読了時間: 2分
bottom of page