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PASSIONEER


À la recherche du temps perdu — ミセス・ハリス、パリへ行く
『ミセス・ハリス、パリへ行く』 【ドレスは、夢を着る人のもとへ。】 映画を見た。 そこかしこに懐かしいパリの香りがして、夢を見ているようだった。 原作は、イギリス人作家ポール・ギャリコの小説。 ハリス夫人は、ロンドンで家政婦をしている。 かなりの売れっ子で、働き詰めの毎日。 ある日、働き先のお宅で、奥様が持つディオールのドレスに一目惚れする。 そして、自分もディオールのドレスを買おうと決意し、必死にお金を貯める。 やっとたどり着いたパリのディオールのメゾン。 ハリス夫人は、別世界に困惑する。 けれど、メゾンは夫人に魔法をかけてしまう。 コレクションでドレスを見たときの、夫人の表情は喜びにあふれている。 白衣のお針子たちに仮縫いをしてもらう姿は、微笑ましい。 サルトルの実存主義を愛読する、トップマヌカン。 素敵な侯爵にお茶に誘われ、恋する気持ちを思い出す。 侯爵は夫人に、寄宿舎時代の掃除婦「ミセス・モップ」を重ねていた。 ここは、切なかった。 ロマンチックなパリで、夫人は自分の存在意義を見つける。 世界に一枚しかない、オートクチュールのドレスを持つ

Hamanaka Akiko
9 時間前読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — メゾンと、作業所
同じ場所を、メゾンと呼ぶか、作業所と呼ぶか。 見たのは、ずいぶん前のこと。 筋は、だいたい想像がつく。 主人公が、マダムとぶつかって、メゾンを飛び出す。 でも、きっと戻ってくる。 そうでないと、映画が終わってしまうから。(笑) それでも、ディオールのメゾンの中が映る。 それだけで、見る価値があった。 本物の手仕事がそこにある。 そして、マダムは文句なく格好いい。 フランス語では「メゾン」。 日本語では「作業所」。 働くところ。 同じ場所を指しているのに、随分と違う呼び名だと思った。 私がお稽古をした作業所は、余計なことは言わない。 ただ黙々と縫い続ける日々。 おしゃべりなんて存在しない。 和裁は、分業ではない。 最初から最後まで、自分が責任を持って一枚を仕上げる。 映画の中のメゾンは違って見えた。 一枚のドレスに、たくさんの縫い手が、同じフロアで関わっている。 まず、ここが一番違う。 和服はどうだろう。 摺箔、刺繍、染め。 それぞれが、それぞれの工房で仕上げる。 ふと思った。 皆が同じ空間で、一枚の着物を作ることができたら。 You may ne

Hamanaka Akiko
10月15日読了時間: 1分


À la recherche du temps perdu — 青いカフタンの仕立て屋
先日、配信サービスの画面に「おすすめ」と出てきたこの映画を、偶然見た。 予告編を見ると、手縫いの美しさに引き込まれた。 カフタンというものさえ知らなかった。 【『青いカフタンの仕立て屋』 予告編 地球の反対側で、同じ針を持つ人がいた。】 カフタン(Caftan / Kaftan)とは、中東やトルコ、北アフリカなどで古くから着られてきた、ゆったりとしたシルエットの長衣(民族衣装)のことらしい。なんと、着物に近い構造。親近感がグッと湧くというものだ。 衿周り、袖口、裾に豪華な手刺繍を施して、美しさを競うものらしい。その細かい手作業を見た時、繰り返し繰り返しリピートボタンを押していた。 映画の中で、昔気質の職人が悩む。 低価格で早く仕立ててほしいお客との間で葛藤する。 店と暮らしを守るために現実を見つめる妻。 100年持つような、後世に残せるような仕事をしたい夫。 そして、二人三脚で歩んできた夫婦の形が美しかった。 非常に心うつ場面が多く、カフタンの美しさと共に、自分の境遇と重なり、所々で共感を覚えた。手縫いの現状は世界中で同じなのかと悲しくもなり、

Hamanaka Akiko
10月8日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 下着から、ガウンへ
子どもの成長を願った柄が、今は一枚の生地として残る。 Combinaisonにはkimonoで着る長襦袢の生地を使用している。 中古市場では白や薄ピンクの色目が非常に安価で出回っているのが現状だ。 変わったデザインやアンティークものはやはり皆手元に置きたいものだし、なかなか安価には手に入らない。 特に麻の葉模様は産着に当然の意味合いで使われてきた。 麻の葉模様は日本人にとっては縁起物の柄である。麻の葉は強くたくましく成長するため、古来より子供の健やかな成長を願い、親は麻の葉の柄の産着を拵えて子供の無事な成長を願った。それが大きくなると長襦袢になるわけだが、昨今では医療の発達で子供達も無事に成長するため、その真摯な親の願いも変わりつつあり、子供に麻の葉模様の洋服を着せる親は見られない。 長襦袢にしても、皆白やピンクを一枚は手にしているので、2枚目3枚目は他の柄が欲しくなる。そのため中古市場には白やピンクが溢れている。 着物を着る習慣がなくなってきたため、おばあちゃんのたんすに眠っていたものだ。 また、地球温暖化のためかとにかく着物を着ると暑く、絹の

Hamanaka Akiko
10月1日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — Combinaisonに長襦袢の生地を使う理由
長襦袢は下着に該当する。 洋装ならスーツの下でも、ワンピースの下でも。基本的に長襦袢だけで室内を歩き回ることはないと思う。 また、長襦袢に使用する生地に決まりはない。 母の襦袢をみると、縮緬、綸子、モスリン、麻、様々な素材で仕立てられているし、派手になった羽織を解いて仕立てられているものもある。 見えないところにこそ、ドキドキが隠れている。 下着なのだから何をきていようが構わない!という考え方もあるし、その一方で、見えないところにこそこだわりたい!というのも日本人の美意識として根強い。 紺や茶の地味な着物の下から緋縮緬の長襦袢が見えたらドキドキするかもしれない。 長襦袢に使用する生地は綸子が最も一般的である。その理由は肌触りに尽きる。 素肌にまとった瞬間に、てれんとろんとした絹独特の触感。繻子織りによるものだ。よく滑るので重ねて着る着物に最適。平織りではこうはいかない。 綸子が光るのも、この繻子織りの構造による。 糸の交差点(組織点)が少なく、糸が長く表面に浮く。平織りは縦糸と横糸が一本ごとに交互に上下するため、糸の表面のあちこちで光が乱反射し、

Hamanaka Akiko
9月24日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 一生物とは
均一ではない糸が、かえって強さになる。 一生物とは。 思い切って買い物をするときにも、使われる言葉。 金額と品物の価値が釣り合っているかどうか、考える。その方程式が当てはまらない時がある。 時間の経過。思い出。歴史。 私が扱う紬。友禅とは異なる素朴な美しさ。 農閑期に売り物にならない屑繭を紡いで自分たちの衣服とした。素朴だが力強い、強い意志を持つ衣服。あまりに頑丈すぎて裏地を何度も取り換える羽目になる紬もある。 密度が高く、激しい農作業にも耐えうる織物。時間の経過がこれらの織物に価値を与える。自然物から産まれた織物は、時と共に人の手も加わり思い出となり、もはや価格とは異なる価値が生まれる。 柳宗悦は、これを「用の美」と呼んだ。使われることによって、初めて完成する美しさ。日常の道具が、使い込まれるほどに味わいを増していく。民藝の思想の核心にある考え方だ。 これは日本だけの感覚ではない。人類学者Igor Kopytoffは、これを「singularization(唯一無二化)」と呼んだ。祖母から受け継いだ銀食器、代々受け継がれる指輪。それらは、使われ

Hamanaka Akiko
9月17日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — なぜ今、Combinaisonなのか
素肌に纏うために、素肌の延長のように仕立てる。 美しい着物の下に着るのが、長襦袢と言われる下着。 これも絹100%手縫いが基本だ。 ところが昨今異常気象のため、日本の夏は暑くてたまらない。ただでさえ着物は全て身につけると夏は辛い。 ブラにノースリーブ、ミニスカート。このようなファッションには暑さ軽減ではかなわない。 よって、夏の長襦袢は麻であったり、省略したり。さまざまな知恵が絞られている。洗える絹、ポリエステル。科学は日々進化する。 中古市場には長襦袢が溢れている。特に白、薄いピンク。誰もが1枚は持っているような代物。 無難な1枚だが2枚目は欲しくない。この子たちの新たなご主人様を見つけたい。 ブラトップと一体化されたスリップが日本では現在主流となり、スリップだけではなかなか需要がない。素肌に絹を纏う習慣が薄れている。 素肌に纏うものだからこそ、違和感なくしっとりなじむ縫製で仕上げたい。はるか昔は手縫いが当たり前であったはず。 スーツの下の戦闘服に、リラックスタイムに。 天然繊維である絹で自分を包み、身体の芯から磨き内側から光り輝く。 新しい習

Hamanaka Akiko
9月10日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 直線の生地に、曲線を教える
直線の生地に、少しずつ曲線を教えていく。 着物は直線裁ちだ。生地幅は約38cm、これを使用する。 combinaisonを作るにあたり、どうしても直線裁ちだけでは不都合が生じる。ドレープの美しさを感じてもらうためには、Aラインが理想的だし、身体の線にもなじむ。 マリリン・モンローのドレスが翻る有名な映画のワンシーン。あれほどには踊らないものの、軽い柔らかな生地は動くたびに身体に吸い付いて色っぽい曲線をえがく。 絹は身体に纏い、動いてこそ美しさを増す究極の素材だ。 直線の生地に、少しずつ曲線を教えていく。 反物幅は変えられないために、非常に型紙を置きにくい。それに、地の目を通して型紙を置かないと光が当たったときに生地の輝き方が異なるのが一目瞭然だ。洋装に反物が使えないのは以上の理由からだ。 とはいえ、胸元の見返し部分は必須でありレースをつけずに生地の美しさのみを表現するには和裁独特のフキの技術は外せない。  レースに頼らず、フキだけで生地の美しさを語らせる。...

Hamanaka Akiko
9月3日読了時間: 2分


À la recherche du temps perdu — 何故、今Combinaisonなのか
誰も見向きもしない、でも絹100%。カイコが命をかけて紡いだ糸。 和裁には繰り回しという手法がある。和服は仕立て直し前提の衣服だ。散々着て傷んだ着物を解き、まだ使えるところだけをつなぎ合わせて新しい命を吹き込む。 身頃、襟、袖、全てがバラバラの生地で仕立てられている長襦袢が最も一般的である。 昔は縮緬の長襦袢もあったし、綸子ばかりではなかった。現在中古の市場をみると白やピンクの長襦袢が信じ難い安価で売られている。絹100%なのに。素肌に触れた時に感じる吸い付く柔らかさ、身体の動きを邪魔しない軽さ。なににも劣らない素晴らしい手触り。 カイコが命をかけて紡いだ糸。 それをなんとか現代の需要に応えられないかと考えた。 反物幅は38cm、この生地幅は洋服を作ろうとすると非常に不便。無理に型紙を取ろうとすると織り方の都合から光り方が変わり、製品になった時に美しくない。 しかしながら、長襦袢のままでは見向きもされない。赤、金彩、派手な吉兆柄、豪華な刺繍が施されていれば世界中のセレブが手を伸ばすのに。 私が救いたいのは見向きもされない子たち。なんとかしないと。

Hamanaka Akiko
8月27日読了時間: 2分
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