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À la recherche du temps perdu— なぜ和裁は手縫いなのか —

  • 執筆者の写真: Hamanaka Akiko
    Hamanaka Akiko
  • 3 日前
  • 読了時間: 2分


洗い張りを終え、手染めの美しい縞模様がよみがえった70年前のヴィンテージ紬(つむぎ)の反物
洗い張りをされた児玉博氏の型紙のよるそめの反物


なぜ和裁は手縫いなのか。当たり前のようにオートクチュールが行われている。非常に特別なことのはずなのに、古来よりの習慣のためか誰もその希少価値に気づかないし、気づこうとしない。しかしながら、さすがに木綿の浴衣などは、ミシン仕立てが進出してきている。理由は簡単。浴衣など、もう、誰も縫い直してきようなどと思わないし、そこまで着つくす習慣も残っていない。

 私が幼き頃は、母や祖母の浴衣がオムツになり、雑巾になり朽ちていった。散々使われてお役目終了となり、土にかえる。

 しかし、今現在、布オムツを使用している親がどれほどいるのだろう。果たして、浴衣の残骸布オムツなんて存在するのだろうか?


この写真は、単の着物を解いたあと洗い張りをしたもの。

かなり汚れていた単衣だった。


改めてみると、人間国宝の児玉博氏の落款。そして、縞染の染師浅野 榮一氏は児玉氏の型紙しか使用しない。色合いはダルな感じ、手染めの温かみのある、それでいてなんとなく鈍い深み。これはもしかして浅野氏によるものなのかしらと一人考えてしまう日々。


児玉氏は伊勢型紙で人間国宝に選ばれた。型紙は消耗品だ。この反物に使用された型紙も今頃は塵となりこの世には存在しないだろう。その、人間国宝の手により生み出された細い縞の型紙は存在しないだろうが、その型紙を使用して染められた反物は70年経った今も存在する。


そして、全く縁もゆかりもない人のために新たな命を吹き込まれて、新しい主人を着飾る。



ミシンであれば針穴も残るかもしれない。


避けてしまうかもしれない。


和裁はなぜ手縫いなのか。


その答えは、仕立て直しを前提とした衣服だから。


   You may never wear a kimono. But you can wear the art of Wasai.

   On ne porte pas forcément un kimono. Mais on peut porter l'art du Wasai.

   — PASSIONEER



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